エチオピアとティグレの戦争。原因はなに?
11月の4日からエチオピアでは、北部のティグレ州を拠点とする政党ティグレ人民解放戦線(Tigray People’s Liberation Front;TPLF)と連邦政府の間で戦争が生じております。
内戦といえば、内戦です。
なぜ、このようなことが起こっているのかいくつかのメディアが解説してくれていますので、その情報をまとめてみました。
今回の紛争の直接の原因は9月にティグレ州政府が行なった州議会議員選挙でした。
しかし、TPLFと連邦政府との間には社会主義政権が崩壊した1991年からのエチオピアの経験が多いに関係しています。
ティグレ州には、エチオピアの人口の約6%を占めると言われているティグレ人が住んでいます。
ティグレ州の最大政党はTPLFです。
TPLFは社会主義政権が崩壊した1991年以降、約30年間に渡って連邦政府の核となって政治を行なってきました。
TPLFは連立政党であるエチオピア人民革命民主戦線(Ethiopian People’s Revolutionary Democratic Front;EPRDF)を築き、新しい憲法を制定し、エチオピアを民族を単位とする9つの州にわけ、それぞれの州には、治安部隊と議会を持つ権利、独立する権利を与えました。
現在の連邦制をエチオピアになじませたのもTPLFの功績だったと言えるでしょう。
しかしながら、1989年からTPLFの代表であったメレス・ゼナウェィ(Meles Zenawi)首相は、実質1991年から2012年に死去するまでエチオピアの首相を務め多くの功績を残すものの、人権侵害や独裁的な政治を行なってきたとして非難されることが多いです。
メレス・ゼナウィ氏の死後、ハイレマリアム・デサリン氏がEPRDFの代表となり、エチオピアの首相に就任するも、2015年から2018年にかけて、大規模な暴動が国内で生じ、その責任をとるかたちで2018年2月15日に辞意を表明しました。
国内で人種差別が横行しているという反発の声が高まるなか、2018年にオロモ人であるアビィ氏が首相に就任すると、彼はティグレ人政治家を連邦政府から排除するようになります。
そして、2019年11月、アビィ首相はEPRDFを解体し、12月1日にEPRDFを構成していた4党のうち3党を合流させて「繁栄党(Prosperity Party)」を結成します。
この新党結成は、2020年選挙を見据えた体制の刷新、民主化と開発の促進などの観点から、3党以外からも広範な参加を募り、8党によって設立されました(関 2020)。
しかしながら、アビィ首相が就任するまで多大な権力を握っていたTPLFは新党参加を見送る決定をします。
また、TPLFの党員は汚職や人権侵害の罪で逮捕されたりします。
TPLFは、アビィ首相の改革は州政府の力を弱めて、中央集権化する改革であると批判するようになります。
このように、地方の不満が出はじめた昨今、連邦政府は新型コロナウィルスの蔓延を理由に2020年5月に予定していた国政選挙を無期限に延期する決定をしました。
これを不満に感じたTPLFは、9月にティグレ州政府は州議会議員選挙を強行します。
結果、TPLF(ティグレ人民解放戦線)が190議席のうち152議席を得るという結果になります(Wikipedia 2020)。
これを受けて、アビィ・アハメド首相はこの選挙を違法だと宣言し、連邦政府の財務省はティグレ州政府への予算配布を凍結します。
TPLFの幹部らはこれを「宣戦布告」と認識しました。
これが、11月4日のTPLFの連邦政府軍の北部基地占領へとつながるのです。
アビィ首相は、この行為を「裏切り行為」として、ティグレ州政府を非難し、ティグレ州に対して攻撃を命じました。
そして、今のような状態になってしまいました。
BBC News 2020 Ethiopia Tigray crisis_ Rockets hit outskirts of Eritrea capital.
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